LYRIC/RHYME - 2004/08

階差機関 (1)

 まさしく階差=〈diff/erence〉と名づけられた妖怪(spectre)が、まだもって徘徊しつづけている。これは、あなたがたがシステムと呼んだものに関する小さなふたつの物語である。

 階差は隠蔽されている。システムが、機械が、機関が、階差をこそ、その基礎としているにも関わらず。(先刻ご承知のことと思うが、あえてご注意申しあげる。「我々」はいつでもすくなくともふたつの意を含んだ言葉をものすることを試みる。ここでは、語義通りの階差機関すなわち情報処理機械と、資本主義{を/が}駆動するシステムのどちらもが指し示されている)

 階差は隠蔽されている(註1)。
 あなたがたがMicrosoft Windowsと呼ばれるオペレーションシステムのいくつかのバージョンのどれか(「バージョン」という言葉に注意していただきたい)を使っているとしたら、階差妖怪(diff command)は、あなたがたの眼に届くところにはない。 開発環境(アセンブラ・コンパイラ・デバッガと呼ばれる、システム内部に精通するための特殊なソフトウェアである)を導入してはじめて、あなたがたはその権力を手にすることができる。
 あなたがたがMacOS Xと呼ばれるオペレーションシステムのいくつかのバージョンのどれか(繰り返しになるが、「バージョン」という言葉に注意を忘れないでいただきたい)を使っているとしたら、それはBSDと呼ばれる隠語が指し示す階層(layer)に隠されている。BSDとは、UNIXと呼ばれていたものに似ているなにかであり、しばしば悪魔(daemon) の名において語られるシステムである。

 階差とは、情報の差異である。これとそれ、こことそこを差別し、システムを駆動するための権力である。その権力は、特殊な秘儀を知るものだけにのみ許されている。その秘儀を魔術師たちはSCM(註2)と呼ぶ。

街(中立/混沌)

 どっからどう見てもゲイのカップルだった。
 否定するつもりはなかった。
 どれほどの違いがそこにあっただろう。
「直輸入の埼玉か」少女たちの群れを眺めながら、私は告げた。「こここそ今ぞ、真実のとらうま町」
「もっと西じゃなかったか?」奴は応えた。
「練馬区と埼玉に挟まれた沼の上に建設された街、とらうま町。けれども、それはメタファさ」
「メタファか。なにを比喩しているんだ?」
「埼京線が渋谷まで延長された時、やつらが渋谷を占領するんだと観念した」
「占領されたもんだと思っていた。あれは、そう、九六年のことだ」
「うまい言い回しだな。そう、占領されたもんだと思っていた。ぼくたちはやはり、占領されるということがどういうことなのか、本当の意味では判っていなかったんだ」
「判らないまま、歳を取ってしまったんだな」
「判らないまま、ぼくたちは適応戦を闘いはじめた。二十三区の南側を戦場にして」
「この街に俺たちが疎外されている、それが理由か」
「ああ。おそらく適応のルールが異なるんだ。じゃなければどうして、」
「どうして?」
「どうして、池袋の女のコはこんなに二の腕が太いんだ?」

Can you say "I love you" doing it?

 へい、ブラザー、きみが異国の地で、東京を信じられなくなったとしても、それでも東京はここにあるぜ。二の腕にまとわりつく湿り気をはらんだ気怠い風のように(もちろん、だからこそカラカラに乾いたラテンの風のなかにのみ、ぼくたちは自由になれるとも言えるのだけれど)。

アタシが今住んでる所は目白通りの近く
すっごい古いマンションで6畳に台所4畳半
下水くさいのが悩みのタネの台所

自慢はね
ル・クーゼのおなべ♥すげー高かった!!
…けど今だに一度も使ってない
実は私料理キライなの
(キライなくせしてこんなもん買ってる)
柳宗理デザインのスプーンとフォークも買ったの
とってもステキ!!
これはちゃんと使ってる
イケブロク西武の地下で買った岩塩とオリーブオイル
…やっぱしほとんど使ってない……
アタシがみえっぱりなのがよくわかるでしょ?
他にもステキな皿だのコップだの洗剤だの買ってたら
チョキンがどんどんへってしまった

(中略)

フトンカバーとかマクラとか
そおゆうのはなんかやっぱし無印のもの
アタシは毎日ここで寝てる
寝る時は右向きが多いかも
目ざましは一応あるけどでも
目ざましかけなくても
起きなきゃいけない時間に起きれるのが自慢
寝つきはいいほう
たまに時々アナタの事を考えて
ひとりでちょっとしてみたりする

 あるいは、あれもそれも、いやいやこれだって、適応戦を闘いぬくという決意だと言いつのってやるさ。確かに、私の部屋には無印良品の本棚が立ちならんでいて、渋谷の雑貨屋で買ったテーブルの上には、ウェッジウッドの皿と柳宗理のティーカップが並べられていた。皿にはゆであがった素麺が盛られ、ペアカップにはゴディバのアイスクリームがよそわれていた。
 それでも、たとえこの文章を笹塚のエクセルシオール(おお、これまたなんて微妙なロケーションの選択!)で書いてるとしても、私はあの夜の底、抱えこんだ怨念を忘れてはいないと告げておこう。
 私の部屋の本棚を眺めてもらえば、そのことを判ってもらえるはずだ。