LYRIC/RHYME - 2004/07

群馬海峡冬景色、あれから七年 (3)

「群馬海峡を知っているかい?」
 私は訊ねた。
「群馬って、海ないでしょ?」
「伝説のマンガがある」

「群馬海峡はこの世の楽園っ/ビーチにはイケメンどもが群れ集う!!/みなさまお誘い合わせの上 是非一度足をお運び下さいませ〜〜〜づ!!」

「なんだそりゃ」
「天才だと思ったね。群馬海峡だぜ。しかも、そのイケメンは百姓(差別用語)だし、海は馬の小便なんだ。確かに、そのころ、既にそれは明らかだった。明らかだったが、しかし、これほどまでに明確にしてしまうことは誰にもできなかった」
「って、なんのマンガなの?」
「ギャグマンガだ。コギャルを題材にしたギャグマンガだ」
「笑えないよ」
「笑うんだ。笑わなければならない。ぼくたちはまさに、そのような時間を生きていたのだから」
「ふうん」
「確かに、苦いね」
 私はソフトクリームを指して言った。
「でしょ。苦いよね」
 女は肩をすくめてなにかを嗤った。

群馬海峡冬景色、あれから七年 (2)

「あれから七年だ」
 空になったソフトクリームのカップを名残りおしく見やりながら言った。
「あれからって、なにから?」
 私はうなずき、カバンから数冊の本を取りだした。去年の秋冬物のブランドカタログを開き、ビーチサンダルのページを女に示した。女は喉の奥で、猫みたいにくぐもった笑いを転がした。
「あれから七年さ」

灼けてる肌 茶色い髪 カラーコンタクトで見つめる闇
夜の街 求める価値 女王蜂 理想の形
二十歳前なのにもう大人 細え眉してひでぇ言葉

 渋谷マークシティの地下一階でソフトクリームをなめる女は、抹茶粉で緑色になった舌を小さくのぞかせた。iPodのイヤホンをはずしながら、
「あたし育ちがいいから、こんな不良な唄、聴いたときないよ」
「言ってろよ」
「本当だってば。ていうかさ、聴いてる唄のジャンルと、格好がぜんぜん合ってないよね」
「俺か、俺のことか」
「決まってるでしょ。きみのこと」
「よく言われる。育ちがよくないからね、こればっかりは仕様がない」
「ふうん。それよりさ、」
「なんだい?」
「これ、苦いんだけど」
 女は食べかけのソフトクリームを私におしつけた。抹茶味のそれは、確かに苦みが過剰だった。しかし、私が眉間に皺を寄せたのはそれだけが理由ではなかった。

群馬海峡冬景色、あれから七年 (1)

 渋谷駅駅前。スクランブル交差点。
 信号が青に変わった。
 歩きはじめた私のかたわら、女のささやきが熱気に溶けた。
「ほんと、紺ハイソばっかりになったよね」
「ああ。いや、まだルーズもいるぜ」
 私の視線の先、チョコレート色の女性が手鏡とにらめっこしながら、横断歩道を横断していた。散文的に言えば、絶滅危惧二類ホモ・ガングロプスが直立歩行していた。(より正確を期するなら、平成一〇年(一九九八年)度版哺乳類及び鳥類に関するレッドリストでは、ホモ・ガングロプスは情報不足のカテゴリに分類されている。改訂版レッドデータブックでは絶滅危惧二類に分類される予定)
「すごいね、まだ絶滅してなかったんだ」
「埼京線で直輸入してるんだ。関東の奥地にある、ガングロの隠れ里からさ」
 告げながら、私は小説の一節を思った。思うだけで憂愁が聴こえてきた。ブルーズだった。凝り性の外人とってもブルーズ、いやいや、社会ダーウィン説なんて、この街にこそピッタリじゃねえか。

Night City was like a deranged experiment in social Darwinism, designed by a bored researcher who kept one thumb permanently on the fast-forward button.

「淘汰圧に抗しようと、先鋭化が進んだんだろうな」
「え? ああ、そうね。そうなんだろうね」
「いつでもどこでも、彼女たちにさえ、今や綱領は唯一なんだ」

僕たちは、現に在るメンバーだけでグループを完結させ、ただちにそのグループの全力をもって戦闘に突入して行った。あたかも、爆弾の威力を増すことによって、兵士の数を増すことに代行させるかのように──。

 そんなことを考えちまったのは、抹茶味のソフトクリームが苦すぎたからにちがいない。