LYRIC/RHYME - 2004/06

鉄パイプ一閃一歩手前

 二度めに会うにしてはなれなれしい口調で、女の告げた一言めはこうだ。
「おひさしぶりです。あれ、顔つき変わりました?」
 私は応えた。
「いくらか痩せたからね」
 二年も前にいっしょに夕飯を食べたきりだというのに、女の告げた二言めはこうだ。
「ふうん。今日は、オシャレじゃないんですね」
「雨が降っているからね」
 私は応えた。
 私の隣に立つ男が、私の右肩に掌をかけた。掌の温かさが、緊張を始めた筋肉から力を抜いた。
「今、なにしてんの? っていうか、なんでここに?」
 険が出ないように注意して、私は言葉をつむいだ。女の丸い顔を見る限り、失敗ではなかった。しかし、肩に置かれた掌はずいぶん長い間、私を抑えつづけた。私が「黙れブス」と(彼女の表現の自由を侵害するような発言を)口にせずにすんだのは、まったく彼のおかげだった。
 しかし、真実を告げずして、どうして世界を変えられるだろう。

自由の代償

「きみは、」女が告げた。「自由だよね」
 肩をすくめることさえしなかった。私は眉をひそめ、女をじっと見つめた。女は喉の奥で、笑いに似た音を立てた。音は、とても乾いていた。
「そうすると、二重になるんだ」
「奥二重なんだ。ついでに逆睫毛なんだ。子供のころなんか、眼に睫毛がつきささって痛かった」
「ふうん。きみは、」
 私はカウンターの木目に眼をやり、ずいぶん長いこと、蛇行する線を眺めつづけた。
 女が告げた。
「きみは、睫毛が長いんだね」
 私は小さくうなずいた。
 ずっと昔、ほかの誰かもそんな科白を告げた気がした。あれから、ずいぶん長い時間が経ったと、しかし、余計なことを告白するには酔いが足りなかった。

カサブランカで赤提灯をやるのが夢なんだ

「おまえ、どっから来たんだ?」
「俺か。俺は香港から来た」
「香港ってどこだ?」
「レッド・チャイナだ。それほど赤くもないが」
「チネーゼか」
「そうだ」
「おまえ、なにしに来たんだ?」
「俺か。俺はチンピラだ。ボスのボディガードでイタリアに来た」
「マフィアなのか」
「イタリアでは上海の連中が力を持ってる。いろいろと問題があるんだ」
「しかし、チネーゼにしてはおまえの英語はきれいだな。洗練されてはいないが」
「生まれはいいのさ。育ちが良くなかっただけだ」
 私はマティーニをあおった。
 チョコレート色の哥さんは肩をすくめると、私から離れていった。沈む太陽を、私はじっと見つめた。ジャポネーゼの群れを避けるように街を流れ、腰を下ろしたカフェは、看板に『リックズ・カフェ』とあった。
 私は「うへっ」とつぶやいた。
 けれども、逃れられないものは、そこここにあるのだ。